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共同体

MIHOミュージアムに行って来た。
miho01_convert_20111005215333.jpg
神慈秀明会の創始者、小山美秀子のコレクションを展示する。
詳しくは調べてください。
miho02_convert_20111005215409.jpgmiho03_convert_20111005215440.jpgmiho04_convert_20111005215507.jpg
展示物についてもここでは書きません。よくわからないので

今までに行ったことのある美術館、博物館とはひと味違った異様な雰囲気に包まれております。
受付の方からレストランのスタッフまで。

そうか、こういう共同体もあるのか。
現代の退廃した個人主義から考えるとこういう解決方法もある。
もちろん、俗世間からは冷ややかな反応をもろに受けるだろうが。

戦時中、和辻哲朗が描いた日本帝国という共同体。
某有名芸能人を引退まで追いやった暴力団という共同体。
そして、宗教という共同体。

(和辻が考えた共同体と実際世間が理解した共同体には大きな誤解があったと思うのだが、、、)

どれも、個人というものを否定することによって成立する。

個人というものは個人だけでは確認されず、他者が存在することによって初めて確認される。
それなのに、世間のように自分のこと優位に考える行動はおかしくはないか。

例として脱原発。
言っていることは間違いではなくたかがデモだとしても行動に移すことは大切。
ただ、脱原発をうったえる前に脱“今の自分の生活、考え方”であり、ある特定の機関だけを責め立てるのはおかしい。
政治家はクレーム処理係ではない。

話を戻して、個人というものを認めるために共同体を認める。
つまり個人の感情、そして行動は共同体から影響をうけ、また共同体に影響を与える。

我々が克服すべきは共同体という個人個人ということか。

と、2cv奥にとまるネオクラッシクのAMG仕様メルセデスが申しております

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