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物事の基準

世の中には大きいものから小さいものまで
個人と個人、個人と全体などさまざまな関係があり、
そこにはそれぞれ基準とするものがある。

現代においてその基準がそれぞれ自分自身になっており
それが原因で対立が生じ争いが起きている。

その基準を統一したものがキリスト教の神である。
神が基準であり、神によって全てが決定される。

しかし、いつしかそれは神に祈りを捧げる者だけが基準となってしまった。
そしてそれ以外は認められず排除された。

キリスト教にはアガペーという言葉がある。
神の人間に対する無償の愛を言っているのであるが、
これは隣人に対する無償の愛とも言える。

また、神など信じない人たちが
「神などいない、それぞれ個人の心の奥底に神がいるのだ」という。
いや、個人の心の奥底にも神はいない。
心の奥底で神と通じることが出来るのだ。

この場合、神とは絶対者であり、絶対無である。
我々の存在の元であり、また存在そのものとも言える。
つまりそれが基準なのだ。


なんとも痛ましい事件が起こってしまった。

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